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ネギま!「属性とか英雄とかの取り留めの無い話」

2008年3月8日現在で、
『魔法先生ネギま!』単行本未収録エピソードについて触れております。
単行本派で、ネタバレを好まない方は、ご注意ください。

下げます。














































そもそも“光と闇”と“陽と陰”は、
同列に語れるものでは無いと思うのです。

“陽”は、字義の通り太陽の意味を持ちますので、
“光”と捉えてもあながち間違いではないでしょうが、
“陰”は太陽の逆、つまり月を意味する言葉でもあり、
月もまた“光”なのです。

ただ、“昼に輝く”か“夜に輝”くかという違いなわけです。

月神は、夜の神ではあれ、闇の神では無く、
あくまでも夜の闇を照らす神であり、
夜の闇の神は別個の(例えば人の闇への恐れを神格化した)
存在として扱われるでしょう。

また、太陽暦は地球が太陽の周囲を回る公転周期を基準とし、
太陰暦は月が地球の周囲を回る周期を基準とする訳です。

そこから考えますと、
“ナギ:陽性→光・正”ネギ:陰性→闇・負”というラカンの捉え方は、
大雑把で乱暴すぎると感じざるを得ません。


したがって、これは「登場人物の考え方」なのか、
「作者の考え方」なのかによって、
物語はまったく違った方向に進んでいくでしょう。

登場人物の考え方なら構わないと思うのですが、
作者の考え方だったとしたら、
「あれぇ~?」と思わずにいられない部分ではあります。



それとも、“ナギ:光⇔“ネギ:闇”の図式は、
キャラクターの個別の性格、属性を超越した、
“生き方”の象徴化したものと考えるべきなのでしょうか。

“ナギ:光”の“光”は歴史の表層(後世に正史として残る歴史)、
“ネギ:闇”の“闇”は歴史の裏側(後世に民間伝承等として残る歴史)を、
それぞれ表しているのでしょうか。

ここで私が言う“光”とは、
スポットライトの光だとでも思っていただければと思います。

つまり、歴史というステージでスポットライトが当たる輝ける英雄と、
スポットライトの当たらない、縁の下の力持ちとしての英雄の違いとでも言いましょうか。



これが「別の道を行き同じ高みにたどりつく」の意味であれば、
私としては、何となく得心がいくような気がします。

輝ける道を行くか、知られざる道を行くか、
その違いを“光と闇という言葉”に仮託している。

例えば登山をしていたとして、人が見ていようが見ていまいが、
ルートが同じだろうが違かろうが、記録に残ろうが残るまいが、
登頂しさえすれば、その事実に変わりはないという事になると思うからです。





……何だか本当に取り留めの無い話ですね(苦笑)。

テーマ : 魔法先生ネギま!
ジャンル : アニメ・コミック

2008-03-08 : 魔法先生ネギま!(その他) : コメント : 0 : トラックバック : 1
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